2026.07.24
コラム|福岡で演劇は育つか?(福岡)
初めまして、上野隆樹です。福岡でMr.daydreamerという団体の代表をしています。主に演出、メディアアート、劇作を手がけています。劇作はしばらく離れていましたが、最近また新作を書き始めました。高校演劇から演劇を始めて、気がつけば今年で29歳になります。
さて、タイトルに書きました通り、福岡の演劇シーンにおける私の関心は「福岡という土壌で演劇は育つのか?」という問いです。
私は地元・柳川の伝習館高校で演劇部に入ったところから演劇を始め、福岡市内の大学に進学してからも、大学4年生まで地元から通っていました。「福岡」という場所は柳川からすれば大都会で、何でもある場所というイメージでした。当然、演劇も劇団がたくさんあって、さまざまな劇場で観られるものと考えていました。なお、柳川で演劇を観る機会は無いに等しい環境でした。
そのイメージが崩れるのに、さほど時間はかかりませんでした。東京に進学した先輩から、高校演劇では想像もつかなかったさまざまな形式・方法・考え方の演劇について聞かされ、福岡でも同じような体験に巡り合えるものと思っていました。しかし実際には、そうした経験をさせてくれた団体はほんのわずかでした(のちに、そのうちの一つに所属することになります)。
これは私が福岡に出てきた頃、今から10年ほど前の話です。当時はまだコロナ前だったこともあり、私の周りでも多くの学生劇団が生まれ、解散していきました。Mr.daydreamerもそうした流れの中の一つにすぎません。しかし当時、今の私と同じくらいの年齢だった演出家が「自分の少し下の世代には劇団がない、上下に5年以上の開きがある」と語っていました。これは、現在の私が抱く所感と全く同じです。さらに憂慮するのは、当時以上に新しい劇団が生まれていないように見えることです(私の感覚によるものですので、実情が異なる場合はご容赦ください)。
【余談】先日、私たちはArtist Cafe Fukuokaにてワークショップを開催しました。大学生の参加者も多数いらっしゃり、その場でこんな悩みを聞きました。「同世代の演劇仲間と公演を打とうと考えているが、場所が見つからない」と。確かに、私たちの世代が学生だった頃には、学生のアルバイト代で手の届く小屋がいくつかありましたし、先輩の演劇人から情報をもらう機会も多々ありました。劇団立ち上げの第一歩が踏み出せる環境が、少しずつなくなってきているのかもしれません。
話を戻します。
福岡という演劇の土壌において、「育つ」とはどういう状況でしょうか。コラムの性質を踏まえて特定の演劇人の名前を挙げるのは控えますが、福岡で育った演劇として思い浮かぶ団体や作品がいくつかあります。この文章を読んでいる皆さんの中にも、思い浮かぶ団体や作品があるかもしれません。
それらの作品が「福岡で育った」と言えるのはなぜか。それは、この街で腰を据え、「(その時の)福岡という街に、どういう作品が求められているのか。どういう作品が必要なのか」という答えなき問いに、答えようとし続けたからではないでしょうか。演劇人という視点においても、同じことが言えると思います。
こう結論づけてみると、次は「今の福岡にそうした土壌があるのか」を考えなければなりません。少なくとも、福岡で育ったと言える作品や演劇人が存在する以上、かつてはその土壌があったのでしょう。
では、現在の福岡はどうでしょうか。土壌が必要だと考えている演劇人は少なくないはずです。しかし、育つ土壌づくりを実践できている演劇人は少ないのではないか、と感じています。もちろん、私自身もその一人です。
むしろ現在の福岡では、劇場やパフォーマンス対応のギャラリー、青年センターのような交流の場が減少しています。これは、土壌づくりへの逆風となっています。
また、若手演劇人が最初の一歩を踏み出しにくいと言うのなら、その一歩目を体験させてくれる先輩たちが必要かもしれません。そして「福岡に、どういう作品が必要なのか」という問いに、一緒になって本気で向き合ってくれる仲間が必要かもしれません。
これらは、現代社会では「暑苦しい」「お節介」「煩わしい」とされるようなコミュニティのあり方であり、コスパ・タイパの時代らしくない、エネルギー消費の多いコミュニケーションを求めるものかもしれません。その結果として、現状のように各々の演劇人が必要なときだけ集まり、それ以外の時期は互いに干渉しないスタイルの演劇コミュニティが生まれたのでしょう。誤解のないよう申し添えると、それは時代の流れに対する演劇人側からの応答であり、その動きを否定したいわけではありません。
ただ、同じ福岡において他ジャンルのアート界隈の方々と交流してみると、意外にも彼らはエネルギーを要するコミュニケーションを好んでいることに驚きます。個人的な話ではありますが、コミュニティとして互いに顔を合わせる頻度で言えば、今や演劇人よりも他の界隈の人の方が多くなっています。この流れはいつか演劇界隈にもやってくるかもしれませんが、まだその兆候は見えていません。
こうしてコラムを書き進めてきて、今の福岡では演劇人は育ちにくい、という気がしてきました。私の周りの演劇人も個人活動化が進んでいます。
しかし、悲観するのはまだ早いと思います。それは、私が見渡すことができる福岡演劇シーンにおいて、この状況を打破しようという動きが起こってきているからです。たとえば、定期的な勉強会や、団体を超えた若手俳優たちの稽古会、情報交換のネットワークなどが私の周りでも行われています。(個人名は控えますが)特に、この流れを生み出している同世代のアートマネージャーがいます。これからの福岡演劇シーンが活性化していくかどうか、という視点において、彼女は注目すべき人物の一人だと思っています。
この流れが大きくなって、一つのムーブメントまで育てていくことを、私自身もできる限り実践していきたいと思っています。そして胸を張って、福岡の演劇シーンはアツいと言われるような状況をつくっていきたい。
かつて学生時代の私は、福岡を「痩地」と称していました。それほど、この地で演劇を続けることに希望を見出せなかった。コロナ禍によって、その痩地は焦土と化しました。そんな状況でさまざまな困難がありながらも、福岡での色々な人との出会いがあってなんとか続けてこられました。そして今、少しずつ開墾されつつあるのかもしれない。
いつの日か再び、この土地ならではの演劇が育つことを、私は願っています。
上野隆樹(Mr.daydreamer代表)


